思い通りにいかない時に働く自分を正当化するための心理
contents
何事も思うようにいかないけど、理性で我慢できるのはなぜ?
オーストリアの医師、G ・フロイト(1856 ‐1939)は、催眠術によるヒステリー 症状の治療に注目し、日常的な意識の深層に普段は意識されることのない深層心理、無意識が存在することを確信しました。この無意識の層には、日常的には抑圧されている問題が隠されており、そのエネルギーが心に影響して、さまざまな症状を引き起こすというのです。
つまり、「意識と無意識」が拮抗関係にあって人間の心を形成しているということです。
「自分で自分だと思っている自分」以外に「自分の知らない自分」が存在し、それもまたやはり確かに自分自身である、という認識は私たちがしっかりと保持しなければならない重要な意味を持つ事実なのです。
意識と無意識という概念の二重構造は、私たちの生活にも大きく関わっています。自分でも説明できない好き嫌いや、趣味・嗜好などにも無意識は密かに顔を出しています。最近問題にされることの多い「ストレス」という現象も、この無意識と切り離して考えることはできません。
実際、日常生活は外部の現実との絶え間のない接触に満ちています。自分の中にさえ自分ではコントロールできない無意識を抱えている上に、私たちの外部の現実は自分の意志や好み、願望とは無関係に存在し、勝手に動いてしまいます。私たちの欲求は簡単には満たされません。現実は「思うようには行かない」ものなのです。
にもかかわらず、私たちははや日々を何とか無事に過ごしています。これは心が自分で意識する、しないに関わらず、現実に何らかの形で適応しているからなのです。心理学ではこれを「適応規制」と呼んでいます。それにはどんな規制があるか。以下に具体的に解説しておきます。
2.
①合理的規制
意識的に困難に対処するもので、冷静かつ積極的にトラブルを具体的に解決しようとする規制。高価で買えないものがある時、どうしても欲しければ、努力して金を蓄えて後日に購入しようとする、将来の目標に向かって勉強したり、資格をとるといった一般的な意味での「適応行為」のことで、自己拡大にもつながり、問題解決の方法としては理想的なものと言えます。
②代償規制
心が満たされない欲求がある時、その欲求の対象を類似した他の物に転嫁するもの。他の対象で欲求を充足することで当初の不満を解消しようとする規制。代償規制は次の二つに分けられます。スポーツの不得意な人が楽器の練習に熱中したりするケースで、自分にできないことについて、他に自分の得意とすることを実行することで不満を補うとする規制。食欲や性欲のような生理的欲求のエネルギーを、文化的・社会的により価値のある活動に向けることで欲求不満を解消しようとする規制。
③防衛規制
自分の無能力や明らかな失敗などのケースで、それをそのまま認めるのではなく、弁解的な立場に立って、自分を防衛しようとする規制。これは問題の本質から目を背け、自己正当化に終始してしまう危険性もあります。
同一化
課長に昇進したいのにどうしてもなれない人が、家族や社外の友人には、自分が課長であるかのように「同一化」して振る舞うことで、不満を解消するようなケース。自分の憧れのスターと同じ服を着たりするのも同じ規制と考えられます。
合理化
自分に実力がなくて出世できないのを、上司の無能や組織の腐敗のせいにするケース。都合のいい理由で、自分の非を合理化しようとする心の働きのことです。
投射
自分の失敗の原因を他に置き換えて、自分の責任を忌避しようとする規制。試験ができないのは問題が悪く、試合に負けたのは審判がミスをした、という具合で
す。
④逃避規制
この規制は、自分の不満の原因を積極的に排除する努力を回避し、現実から目を背けうとするものです。特に周囲に迷惑となるような規制ではありませんが、適応に対する態度として望ましいものではありません。
拒否
内向して自分の殼の中に閉じこもり、周囲との接触を拒否し、他人の話などには耳を貸そうとしない、ある意味で自己中心的な心理的態度です。
白日夢
空想や夢の世界に埋没し、現実を無視してしまう規制。夢の世界で自分の欲求を充足しているのですから、現実の問題の解決には無縁のものになってしまいます。
孤立
自分の意見や主張、考え方が周囲から認められない時、周囲との関係を断ち切り、自分の世界に引きこもってしまうような態度のことです。
退行
自分のすでに到達している発達段階から、前の段階に戻ってしまうような行動をとることで、小学生が幼児のふりをして宿題を怠ったりする規制を言います。
抑圧
満たされない心の欲求を抑えつけ、自分自身にもそれを自分の欲求とは認めさせないようにする規制。優等生、いい子、エリートによく見られる心理ですが、それが蓄積すると精神的な症状となって一挙に爆発する危険性もあります。
⑤攻撃規制
自分の欲求が満たされない原因に対して、反抗的・攻撃的な行動をとることでこれを排除しようとする規制。これらの行動によって別の問題を引き起こし、不適応状態を広げてしまうことがあり、本来の適応達成のためには決して望ましいものではありません。
否定的
あらゆることに否定的な態度をとることで、現実に対する当面の不満を自分自身から隠してしまう規制。会社に不満がある場合、どんな企画にも反対してしまうようなケースがこれに該当します。
注目反応周囲にうまく適応できない自分に無意識にいらだち、奇妙な服装や異常な態度・行動によって周囲の注目を集めようとするもの。暴力行為を招くことも。
反抗
自我意識が拡張する思春期などに、親や教師に対して反抗的な態度をとることで、自分を認めさせようとする規制。理由もなく「突っ張った」態度をとります。
攻撃
社会的な適応が難しい場合、反社会的集団に身を投じて犯罪行為に走ることによって、社会を攻撃し、自分自身を確立しようとする規制。攻撃の対象が社会全体に拡大するようなケースは極めて危険なものと考えなくてはいけません。
こうして見てくると、私たちは自分を周囲の現実に適応させるために実にさまざまな努力をしていることがわかるでしょう。しかし多くの場合、報われなかったり、逆の効果を招いてしまうという現実を考えると、適応の困難さがうかがい知れます。
さて、意識的に外部の現実に適応することは、世間で言う「処世術」と言えます。「なんとかしてうまく相手を説得しなくては」とか「ここは妥協しておいて後で儲けよう」という、人間関係の処理技能ということになります。つまり、適応という行為は、自分で意識して我慢するか、現実に働きかけてそれを都合よく変えてしまうか、あるいはその両方を同時に行うということで済んでしまいます。
現実の中でしっかりと生きて行くためには、そうしたトラブル解決能力は不可欠な生きる知恵なのです。
しかし、外部との適応には、自分の無意識も関係してきます。端的に言えば、意識的には納得して受け入れたはずの現実が、無意識の部分では認められないままになり、本人が気がつかない内に精神的・身体的なトラブルとなって表れてしまうのです。自分自身の心が「意識と無意識」、「外的自己と内的自己」のバランスを欠いた状態では、外部への適応は極めて困難であり、トラブルは避けられないことになってしまいます。